遺言執行者が必要な場合

遺言書において、内縁関係の配偶者や孫など相続人以外の方に、自宅などの不動産を贈与する場合(遺贈といいます)は、あわせて遺言執行者を指定するようにしましょう。 遺言執行者が指定されていない場合は、相続人全員の協力が必要となることから、相続人の中に1人でも遺贈に反対する者がいれば、手続きを進めることが難しくなるからです。 。

遺贈の登記

遺言において、相続人以外の第三者に相続財産の全部または一部を贈与することを「遺贈」といいます。遺贈により利益を受ける者を「受遺者」といい、他方、遺言の内容に従って遺贈の目的となった財産を受遺者に引き渡す義務を負う者を「遺贈義務者」といいます。遺贈義務者は原則として相続人ですが、遺言執行者が選任されていれば、その者が登記義務者となるため、相続人の関与なくして登記手続きを進めることができます。

遺言執行者がいる場合 遺言執行者がいない場合
申請人 権利者:受遺者(遺贈を受ける者)
義務者:遺言者
受遺者と遺言執行者の共同申請
権利者:受遺者
義務者:相続人全員の共同申請
必要書類 ①登記済権利証または登記識別情報
②遺言書(公正証書遺言以外は家庭裁判所の検認済証明書を添付する必要あり)
③遺言者が死亡した旨の記載のある除籍謄本
④遺言者の住民票の除票又は戸籍の附票
⑤受遺者の現在の戸籍謄本
⑥受遺者の住民票又は戸籍の附票
⑦固定資産評価証明書
⑧遺言執行者の印鑑証明書
⑨委任状(司法書士に依頼する場合は、受遺者と遺言執行者からの委任状が必要)
⑧相続人全員の印鑑証明書
⑨相続人全員の現在の戸籍謄本
⑩委任状(司法書士に依頼する場合は、受遺者と相続人全員からの委任状が必要)

相続人が協力してくれないとき

遺言書において遺言執行者が指定されていれば、相続人の協力なしでも登記等の相続手続きを進めることができますが、遺言執行者が指定されていない場合は、相続人の協力なくして手続を進めることができません。
相続人の協力が得られない場合は、相続人全員を被告として登記手続への協力を求める訴訟(登記手続請求訴訟)を提起することになります。相続人に対し、登記手続きを命ずる判決が確定すれば、受遺者は、この判決書を添付して単独で遺贈による登記を申請することができます。
この場合、相続人全員の印鑑証明書はもちろんのこと、権利書(登記済証又は登記識別情報)の添付も不要となります。

ケース1 遺贈が相続人の遺留分を侵害している場合

遺留分を侵害された相続人が受遺者に対し、遺留分減殺請求を行った場合は、遺贈はその限度で効力を失います。 具体例でみていきましょう。
遺言者Aさんは、内縁の妻Bさんに自宅を遺贈する旨の遺言書を残していました。Aさんの相続人は子どもであるCさんのみで、Aさんは自宅以外にはこれといった財産を持っていませんでした。この場合においてCさんがBさんに遺留分減殺請求を行えば、自宅の1/2はCさんの所有となり、自宅はBさんとCさんの共有となります。

登記申請

 

①遺贈によるBへの所有権移転登記をした上で、②遺留分減殺を原因とするCへの所有権一部移転登記をすることになります。 この所有権一部移転登記は、権利者をCさん、義務者をBさんとし、共同で申請することになりますが、Bさんが登記手続きに協力しない場合は、Bさんを被告として、所有権一部移転登記手続請求訴訟を提起し、勝訴した場合は判決書を添付すれば、Cさんは単独で申請することができます。


共有状態の解消

 

話し合いで解決できない場合は、地方裁判所または簡易裁判所に対し、共有物分割請求を行うことになります。

ケース2 相続人の中に行方不明者がいる場合

遺贈による登記に際し、登記手続請求訴訟を提起する場合、相続人全員を被告としなければなりません。このとき、相続人の中に行方不明の方がいる場合、被告の権利保障の観点から、行方不明の者を訴訟に関与させる必要があります。関与の方法としては①公示送達②不在者財産管理人の選任が考えられます。
公示送達とは、当事者の住所、居所その他送達をすべき場所が知れないなどの理由により書類の送達ができない場合に,一定期間裁判所の掲示板に掲示することにより送達の効果を生じさせるもので、公示送達がなされると事実上の欠席裁判になります。そのため被告の権利保障の観点から、所在について調査を尽くさないと公示送達は認められません。
 他方、不在者財産管理人は、従来の住所又は居所を去った者がその財産の管理人を置かなかったときに家庭裁判所に対し選任の申立をすることができます。不在者管理人が選任された場合は、不在者管理人が訴訟に対応することになるので、公示送達に比べ、被告の権利保障が図られます。ただし、申立人は、不在者財産管理人の報酬のための予納金を納める必要があります。

ケース3 相続人の中に認知症の方がいる場合

裁判を起こすには、訴訟能力が必要です。訴訟能力とは単独で有効に訴訟行為をし、または相手方や裁判所の行う訴訟行為を受ける能力のことをいい、訴える側(原告)だけでなく、訴えられる側(被告)についても備わっている必要があります。
認知症により自己の行為の結果を弁識する能力が失われている場合は、訴訟能力も認めらません。そのため、訴えようとする相続人の中に認知症の方がいる場合には、相手方の親族を促して成年後見人の選任申立をしてもらう必要がありますが、相手方の親族が手続きを行ってくれるかどうかは不明であり、親族に手続きを促すこと自体が困難な場合もあります。その場合には、成年後見人選任の手続きを待っていては損害を受けるおそれがあることを裁判所に疎明して特別代理人の選任を申立てることが可能です。
ただし、特別代理人の選任は裁判長の裁量に委ねられているため、申立を行ったからといって必ずしも特別代理人が選任されるとは言い切れず、また、申立に際しては、一定の予納金を納める必要があります。
なお、被保佐人、被補助人は、単独で被告となることができますので、後見人や特別代理人の選任が必要となるのは、相手が被後見人のように、常に判断能力がなく、自分だけで物事を決定することが難しく、日常的な買い物も1人ではできないほど、判断能力が損なわれている場合です。

ケース4 相続人の中に未成年者がいる場合

未成年者にも、訴訟能力は認められないことから、訴訟行為は法定代理人(通常は「親権者」、親権者がいない場合には「後見人」)が追行することになります。

遺言執行者の選任申立

遺言執行者は、家庭裁判所で選任してもらうことができます。遺言書で遺言執行者が指定されていない場合は、相続人全員で遺言内容を実現することになりますが、遺言が相続人間で利益が相反する内容であったり、相続人全員の協力が得られないなど手続きがスムーズにいかないときには事後的に遺言執行者を家庭裁判所で選定してもらうことも可能です。なお、遺言書に相続人の廃除や認知が記載されている場合には家庭裁判所で遺言執行者を選定してもらわなければなりません。