相続放棄をすることができなくなる財産の処分行為とは
更新日: 2022年1月6日
相続人が相続財産の一部でも処分したときは、単純承認したもの(相続したもの)とみなされ、以後、相続放棄や限定承認をすることができなくなります。
単純承認とみなされる処分行為には、売買や譲渡などの法律行為だけでなく、家屋の取り壊しなどの毀損・破棄といった事実行為も含まれます。
もっとも、相続人が行った処分行為のすべてが単純承認とみなされるわけではなく、それが保存行為や短期賃貸借に当たる場合は単純承認とはみなされません。
保存行為 | 財産の価値を現状のまま維持するために必要な行為のこと | ・期限の到来した債務の弁済 ・腐敗しやすい物の処分 ・壊れそうな家の修繕 ・債務者に支払を請求するなど債権の時効を中断させる行為 |
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短期賃貸借 | 民法602条に定める期間を超えない賃貸借のこと | ・樹木の栽植や伐採を目的とする山林の賃貸借は10年 ・それ以外の土地の賃貸借は5年 ・建物の賃貸借は3年 ・動産の賃貸借は6か月 |
相続財産の処分にあたるとされるもの/あたらないとされるもの
下記の表は判例を基に、相続財産の処分にあたるか否かの一応の基準を示したものです。 個々のケースにより事情が異なりますので、下表で相続財産の処分に当たらないとされている行為であっても事案によっては処分行為とみなされ、相続放棄ができなくなる可能性も否定できませんので、迷われたら専門家のアドバイスを仰いでください。
相続財産の処分にあたるとされるもの | 不動産・動産その他の財産権の譲渡 家屋の取り壊し 預貯金の解約・払い戻し 被相続人の債権を取立てて、これを収受する行為(※1) 株式の議決権行使 賃料物件の解約・賃料振込口座を自己名義の口座に変更する行為 遺産分割協議 |
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相続財産の処分にあたらないとされるもの | 遺産による相殺や期限が到来した債務の弁済(保存行為とされる) 死亡保険金の受領・死亡保険金による被相続人の債務の弁済 遺産による葬儀費用の支払(※2) 身の回り品・僅少な金銭の受領 資産価値のない物の形見分け(※3) 遺産による医療費の支払い 公共料金(ガス・電気・水道)の解約 |
※1 債務者に支払を請求する行為は、当該債権の消滅時効を中断させる効果を有することから保存行為に該当し、財産の処分行為には該当しないと解されています。その一方において、支払いを請求するだけでなく、自らこれを取り立て、受領する行為は、保存行為の範疇を超え、財産の処分行為に該当すると解されています。
※2 被相続人の葬儀費用は、本来、被相続人が支払うべきものではなく、葬儀を執り行った相続人にこそ支払い義務が認められるものなので、相続債務には含まれず、保存行為にはなりえません。しかしながら、「葬儀は人生最後の儀式として執り行われ、社会的儀式として必要性が高いもの」であり、「被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえず、また相続財産があるにもかかわらず、これを使用することが許されず、相続人らに資力がないため被相続人の葬儀を執り行うことができないとすれば、むしろ非常識な結果と言わざるを得ない」として、単純承認を擬制する相続財産の処分にはあたらないと解されています。 ただし、香典や弔慰金がある場合には、まずこれらを葬儀費用に充当すべきであり、相続財産から葬儀費用を支出する場合であっても、その額は身分相応の当然営むべき程度に抑えるべきです。
※3経済的価値を有する物を形見分けとした場合は、相続財産の処分にあたり、単純承認とみなされます。
相続財産の処分行為・賃貸物件と相続放棄
相続放棄を検討している場合、被相続人が居住していた賃貸契約を解約したり、賃借物件の引き渡しなどをする行為は相続財産の処分行為に該当し、単純承認したものとみなされるのでしょうか。単純承認とみなされれば、相続放棄や限定承認をすることはできなくなります。
被相続人が居住していた賃貸物件を解約したり残置物を処理すると相続放棄ができなくなる?
賃借人の地位も相続財産の一つとして、相続人に承継されることになります。そのため、被相続人が居住していた賃貸物件を解約する行為は、相続財産の処分行為に該当し、相続放棄をすることができなくなります。また、室内に残された遺品を整理することも処分行為にあたりますので、財産価値のない物の形見分けや、部屋の掃除、ゴミの処分以外は控えるようにしましょう。
なお、ガス・水道・電気の解約は日常家事の範囲内の行為なので、相続人が解約しても単純承認とはならず、相続放棄をすることができます。
賃貸の物件の解約 | 単純承認とみなされる |
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財産価値のない物の形見分け | 単純承認とみなされない |
財産価値のない物の処分(廃棄) | 放置することが不適切な場合には保存行為とみなされる可能性は高いが、後日、債権者から相続放棄の効力が争われた場合に備え、写真を撮り、廃棄業者から経済価値がない旨の証明書をもらっておいた方がよい。 |
財産価値のある物を換価し、その金銭を相続財産管理人に引き継ぐまで保管する行為 | 腐敗しやすい物以外は換価しない方がよい。むやみに換価すると単純承認とみなされる危険性がある。 |
敷金の受領 | 単純承認とみなされる |
ガス・電気・水道の解約 | 単純承認とみなされない |
公共料金や家賃を滞納していた場合、相続放棄をしても、被相続人の配偶者は支払わなければなりません。
相続放棄をすれば、被相続人が残した未払い金について支払い義務を免れるのが原則です。しかし、生活を共にする夫婦間には、日々の生活に伴い発生した費用について連帯して支払う義務があります。これを「日常家事債務」と呼び、公共料金や賃料などが含まれます。したがって、被相続人名義で残された債務であっても、その配偶者には支払い義務があり、例え相続放棄をしたとしても日常家事債務については免責されないと考えた方がよいでしょう。
被相続人名義の賃貸物件に住み続ける場合
賃借権も相続財産に含まれることから、被相続人名義の賃貸物件に住み続けることは単純承認とみなされます。また、賃借人の名義を被相続人から相続人へ変更することも単純承認とみなされ、後に債権者から相続放棄の効力を争われる危険性が全くないとはいいきれません。
そこで、被相続人名義の賃貸物件に住み続けるには、賃貸人(大家さん)の方から相続人不存在として契約を解除してもらい、新たに相続人名義で契約をしなおすという方法が考えられます。この際、敷金を承継することは単純承認とみなされますので、注意してください。
相続財産の処分行為・空き家と相続放棄
相続人全員が相続放棄をすれば、住み手のいない実家は空き家となります。空き家をそのまま放置していると、建物の老朽化による倒壊の危険性や、ゴミの放置や雑草などによる環境・景観への悪影響だけでなく、不審者の侵入や住みつき等による防犯上の不安も増幅し、近隣住民へ多大な迷惑をかけるケースも多く、空き家問題は深刻な社会問題となっています。また、特定空家に指定されると、各市区町村から、相続人に対し撤去や修繕などの命令がなされることもあります。
もちろん、相続放棄をすれば、空き家を撤去する義務はなくなります。しかし、相続放棄をもってしても、免責されない義務は残ります。それが「管理義務」です。
相続放棄をしても、管理義務は残ります
相続放棄をしても、次の管理者が現れるまでは、相続財産を、自分の財産と同程度の注意をもって適切に管理する「管理義務」は残ります。そのため、老朽化により空き家が倒壊したり、倒壊しないまでも壁が崩れたり、台風等で屋根の一部が飛ばされるなどして近隣住民に被害がでれば、管理義務を負う相続人が損害を賠償する責任を負うことになります。
この管理義務を免れるためには、次の管理者となる「相続財産管理人」の選任を家庭裁判所へ申立て、その者が相続財産を引き継ぐ必要があります。
ただし、選任申立てにかかる費用は相続人自らが負担しなければなりません。