【韓国籍の方の相続登記の解決事例】時効取得による所有権移転登記手続等請求訴訟と、代位による相続登記、判決による所有権移転登記

相談内容

依頼者のAさんは、借地上の建物の所有者Bさんから、建物の一階部分を借りて、お店を経営していました。Bさんの死後は、Bさんから養子と聞いていたCさんから、建物を無償譲渡され、底地の所有者Dさんと借地契約を交わし、お店の経営を続けてきましたが、コロナの影響で、休業が続き、またAさんも体調を崩したことから、お店を閉め、借地契約を解除してもらおうとDさんに相談に行ったところ、建物の登記がBさんのままになっているので、Aさんに所有権移転登記をしない限り、借地契約は解除できないと言われたことから、法務局や市役所に相談に行かれたり、近隣の司法書士に相談をしたものの、解決策が見つからず、当方に相談に来られました。


解決策① 相続登記

依頼者のAさんに建物の所有権を移転するには、BさんからBさんの相続人であるCさんへ相続登記を経由する必要がありますが、幸いにも相続登記及びAさんの所有権移転登記手続きにCさんの協力が得られるとのことでしたので、早速Cさんに相続登記の委任状をもらい、戸籍の収集を開始しました。

Aさんの話では、Bさんには子はなく、配偶者はBさんより前に他界していること、CさんはBさんの弟の子(甥)にあたりますが、Cさんの幼少期の数年間、Bさん夫婦が引き取り、面倒を見ていたこと、BさんはCさんのことを息子と呼び、Bさんと長年懇意にしていた知人が、CさんはBさんの養子だと断言していたこと、他方、Cさん自身は、Bさんに引き取られたのは幼少期の数年間で、そのときに養子縁組をしていたかどうかは判然としない様子でしたので、とりあえず、戸籍を収集し、相続関係を確認することにしました。

ここで問題は、Bさんは韓国籍の方で、韓国では2008年1月1日に戸籍制度が廃止され、戸籍法に代わって制定された「家族関係登録等に関する法律」に基づき基本証明書、家族関係証明書、婚姻関係証明書、養子縁組関係証明書、特別養子縁組関係証明書からなる家族関係登録簿が調製されましたが、2016年6月30日に韓国憲法裁判所の違憲決定により、請求権者として「兄弟」が除外されたことで、本件でも、弟の子であるCさんがBさんの養子であることを証明できなければ、Cさんの委任状では、Bさんの戸籍(除籍・家族関係登録簿)の一部が取得できないことになります。

事前にCさんから韓国除籍のコピーが提供されていましたが、かかる除籍は、長男であったBさんが戸主相続後に編製されたもので、家族関係登録制度に切り替わる2008年1月1日までの記録が記載されていました。Cさんの父(Bさんの弟)は、Bさんの戸主相続前に婚姻により法定分家で、別の戸籍が編製されたことから、提供された除籍のコピーにはCさんの父の記載はなく、Cさんとの養子縁組の記載もありませんでした。
つまり、韓国に養子縁組申告がなされていないCさんの委任状では、Bさんに関する戸籍については、Cさんの父が法定分家する前の、出生から戸主相続前の除籍しか取得できないことになります。

そこで、Cさんの外国人登録原票を取得し、Cさんと同居していた当時の住所を割り出し、住所地の役所に養子縁組届書記載事項証明書の交付請求をしましたが、該当なしとして交付されず、ここから、CさんとBさんとの間には養子縁組はなされていなかったとの結論に至ります。

もっとも、提供された除籍のコピーと、Cさんの委任状で取得できたBさんの出生から戸主相続までの除籍から、Bさんは、Cさんとは別の方と養子縁組をしていたが、離縁していること、Bさんと配偶者の間には実子がいましたが、幼くして亡くなれていること、ここからBさんには子はなく、韓国の除籍には死亡の記載はないものの、配偶者もBさんよりも前に既に他界されており、Bさんのご両親を含む直系尊属もBさんよりも前に亡くなっていること、Bさんの弟にあたるCさんも、Bさんより前に他界しているので、その子Cさんは代襲相続人として、Bさんの相続人の一人に間違いないことは確認できました。

他方、Bさんには、Cさんの父を含め弟妹が7名おり、戸籍上、死亡が確認できた弟妹は3名で、うち2名は未婚のまま亡くなっており、残る1名はCさんの父で、Cさんを含め5名の子と、配偶者がいました。つまり、Bさんの相続人はCさんを含め10名となります。

韓国の戸籍(除籍・家族関係登録簿)は、兄弟姉妹の戸籍は交付請求できないのが原則ですが、これには例外もあり、戸籍上、被相続人に子・配偶者はなく、直系尊属も既に死亡しており、第3順位である兄弟姉妹に相続権があることが明らかで、かつ被相続人に相続財産があることを証明する公的な書類(例えば、被相続人名義の不動産の登記簿)を提出できれば、兄弟姉妹からの委任状であっても、交付してもらえる可能性があります。
そこで、戸籍上、死亡の記載のないBさんと配偶者の死亡届書記載事項証明書とCさんが代襲相続人であることがわかるCさんの父の死亡の記載のある除籍、Bさん名義の不動産の登記簿謄本をつけて、韓国領事館で、Bさんの戸主相続後の除籍を請求したところ、他に弟妹が生存していることから、甥からの請求では交付できないとのことでした。

そのため、相続登記の手続きを進めるには、Bさんの弟妹の協力も必要となりますが、Cさんは叔父叔母(Bさんの兄弟姉妹)とは交流がなく、Cさん自身の兄弟姉妹についても連絡先は知らないとのことだったので、これ以上手続きを進めることができず、手詰まりとなってしました。

解決策② 時効取得による所有権移転登記手続等請求訴訟

相続登記の対象となる建物ですが、60年以上前に建てられた長屋で、数年前から雨漏りが発生し老朽化が進んでおり、雨漏りにより木材が腐食していることから、専門家によれば近隣住居が耐えうるような地震や台風でも倒壊の危険性があるとのこと。建物が倒壊し、近隣住民に損害が発生すれば、第1に占有者であるAさんに、Aさんが損害の発生の防止に留意していれば、所有者であるCさんを含む相続人に責任が生じることになります。

実際、すでに隣人から雨水が流れ込んできたとの苦情がでていることから、これ以上放置することで近隣住民に迷惑や損害が発生することをAさんとCさんは深く危惧しています。

他方において、隣人からは、建物自体には値はつかないが、底地と一緒であれば、譲り受けてもいいと不動産業者を通じて買取の打診がきており、これが実現すれば、建物については無償譲渡とはなりますが、解体費用の負担はなくなり、AさんCさんにとって大きなメリットとなります。

ところで、底地の借地契約には、契約の終了もしくは解約した場合には、賃借人である原告が本件建物及び工作物を撤去し、更地にして返還することが明記されており、地主からは、契約を解除したいのなら、Aさんに名義を変更するか、もしくは建物を解体し更地にしない限り、これに応じることはできないと言われています。ちなみに解体費用ですが、本件建物が連棟長屋であることから切り離しに際し隣家の補修費用等の負担も重く、残置物の撤去費用なども加算されると少なくとも200万程度の出損が見込まれることから、無償であっても、隣人からの買取の打診は、経済面で大きな一助となります。

仮に、老朽化が進むなど隣人への売却できない事由が生じれば、Aさんが自腹で解体費用は負担するつもりでいますが、Aさんは所有者ではないため、処分権限はなく、建物を解体することもできないのが実情です。

Cさんとしても、生前Bさんから本件建物をCさんへ譲ることを再三聞かされていましたが、遠方に住んでおり、本件建物を相続する気もなかったので、Bさんの死後まもなく、本件建物をAさんに無償譲渡していたことから、本件建物はAさんの所有物として既に解決されていたと思っていましたので、登記簿上、Aさんに所有権を移転することに異論はなく、逆にAさんに所有権が移転できないまま放置されることで、自分の子などに迷惑がかかることを危惧されていました。

Aさん、Cさんともに、Aさんへ所有権を移転し、所有権移転後はAさんの責任で隣人へ無償譲渡するか、建物を取り壊すかして本件建物を処分することに合意があり、早期解決を望まれていたことから、Cさん以外のBさんの相続人を相手方として、時効取得による所有権移転登記手続等請求訴訟を提起する方向で、手続を進めることになりました。

訴状作成の注意点①請求の趣旨

あくまでも訴訟はBさんからAさんへ所有権移転登記を行うための手段であり、それ自体が目的ではないことから、勝訴判決により所有権移転登記を行うことが出来る訴状を作成する必要があります。

まず、原告が単独で登記手続(判決による登記)をするためには、判決は、「一定内容の登記手続を命ずる給付の確定判決」でなければならないため、判決主文に「被告Aは原告Bに対し、別紙目録記載の不動産につき年月日○○を原因とする所有権移転登記手続をせよ」といった文言が記載される必要があります。判決主文は請求の趣旨と一致しているのが通例であることから、請求の趣旨には「被告らは,原告に対し,別紙物件目録記載の建物について,年月日時効取得を原因とする持分全部移転登記手続せよ」と記載します。
(今回の訴訟では、Bさんの相続人の一人であるCさんは被告とはなりませんので、所有権移転登記手続きではなく、持分全部移転登記手続きをせよと記載しました)

訴状作成の注意点②前提としての相続登記

また、本件では、AさんはBさんとの賃貸借契約に基づき、本件建物の占有を開始していますが、これはあくまでも所有の意思のない他主占有であり、時効取得の要件を満たしません。

その後、AさんはBさんの相続人Cさんから、本件建物を無償譲渡されることで、所有の意思をもって本件建物を占有しています。すなわち、無償譲渡(贈与)という新たな権原に基づき、本件建物につき自主占有を取得し、他主占有から自主占有に占有の性質が変更したことになることから、取得時効の起算日は、AさんとCさんとの間で無償譲渡契約が取り合わされた日になります。

本件のように、時効取得の起算日以前に、所有者について相続が発生していた場合は、判決による登記(時効取得を登記原因とする所有権移転登記)の前提として、BさんからBさんの相続人へ名義を変更する相続登記を経由する必要があります。

ここで問題となるのが、被相続人は韓国籍であり、取得できる戸籍が限られるため、かかる戸籍では、相続登記に必要となる相続を証する書面(被相続人の出生~死亡までの連続する戸籍、相続人の現在戸籍など)としては不十分であること。せっかく裁判に勝訴しても、相続登記ができなければ、裁判をする意味がありません。

この点、「登記実務上,確定判決の理由中において甲の相続人は当該相続人らのみである旨の認定がされている場合は,相続人全員の証明書に代えて,当該判決正本の写しを相続を証する書面(登記原因証明情報)として取り扱って差し支えない」(平成11年6月22日民三1259号民事局第三課長回答・民事月報Vol.55 No.7 219頁)とする回答(本件回答)があります。

ただ、今回の訴訟では被告とされる相続人9名については出廷されない可能性が高いため、仮に原告の所有権(持分全部)移転登記手続請求が認容されても、調書判決になると思われます。

そして、調書判決が登記原因証明情報となりうるかについて、かつて争われた事案では、①本件回答は「確定判決の理由中において甲の相続人は当該相続人らのみである旨の認定がされている場合は,相続人全員の証明書に代えて,当該確定判決の正本の写しを相続を証する書面として取り扱って差し支えないものと考えます。」というものであって,上記事実認定が証拠によらずに自白又は擬制自白によってされている場合を特に除外するものではなく,本件回答の解説においても,そのような限定解釈はされていない。②「当事者の一方が主張する事実の有無について,他方当事者が実質的に争って証拠調べ手続が執られた結果,当該事実が認定された場合の方が,他方当事者が当該事実を自白し又は擬制自白が成立した結果,当該事実が認定された場合よりも,実体的真実により合致する蓋然性が高いなどといった経験則は認められないのであって,「他に相続人がいないこと」についても,自白又は擬制自白(これらは,被相続人と相続人の身分関係を最もよく知り得る立場にある者らの訴訟態度によるものである。)によって同事実が認定された場合の方が,証拠又は弁論の全趣旨によって認定された場合よりも,実体的権利関係に合致する蓋然性が乏しい(すなわち,他に相続人が存在する可能性が高い。)などとは認められない、として「擬制自白により認定された調書判決についても,戸籍・除籍謄本と同程度に定型的証明力を有すると認められる真正の担保力の高い情報として,令7条1項6号,別表22項所定の登記原因証明情報に当たるものと解するのが相当である。」と判示した奈良地裁平成27年12月15日判決があります。

これを受け、本件の相続登記についても、「Bの相続人は別紙相続関係説明図の通り訴外Cと被告らの他にない」旨の記載がされた調書判決を相続登記原因証明情報として申請できると考えられることから、法務局へ事前相談をした上、請求原因にその旨を記載しました。

なお、相続登記については、相続人の協力が得られない場合は、時効取得者が相続人に代位して登記を申請することができますが、今回の事案では相続人の一人であるCさんの協力が得られることから、保存行為としてCさんを申請人(委任者)として相続登記を申請することになります。

さらに、登記簿上の所有権者の氏名が通称名で登記されていることから、Bさんと所有権登記名義人が同一人物であることを示すため、請求原因に「本件建物の所有登記名義人○○と、訴外Bは同一人に相違ない。」旨も記載しました。

訴状作成の注意点③ 被告の住所

訴訟では相手方となる被告の住所を特定する必要がありますが、今回のケースでは被告となるBさんの相続人の現住所が全くわからなかったため、知りうる最後の住所地を記載して、訴状を提出することにしました。

具体的には、Bさんの弟妹については、韓国の除籍に記載された出生地を、Cさんの兄弟姉妹及びCさんの父の配偶者については、Cさんの外国人登録原票に記載された住所のうち、世帯主をCさんの父とする最後の住所地を被告の住所とし、まずは、住民票を請求し、該当がない旨の証明書と、グーグルマップで、当該住所地を検索し、既に建物が存在しないことを確認し、市役所にも問い合わせをして、該当の住所地に建物が存在しないこと、外国人登録原票に記載された当時(昭和40年代)には建物が存在し、通称名と一致する氏名での登録はあったが、現在はこの住所地に建物は存在しないとの供述を得、それらの結果等を調査報告書としてまとめ、公示送達の申立書とともに提出しました。

住所の調査

訴訟提起後、しばらく経った頃、裁判所から、調査嘱託の上申を提出するよう連絡が入りました。調査嘱託とは、裁判所自体が、公私の団体に対して、必要な調査を嘱託し回答を求める手続きのことを言います。

書記官の話では、被告の住所につき現状では裁判所が調査を尽くしたとはいえず、外国人登録原票を取得し調査をする必要があることから、出入国在留管理庁に対し、被告の閉鎖外国人登録原票の交付請求をするにつき裁判所へ調査嘱託の上申を提出せよとのことでした。

早速、調査嘱託の上申を提出し、出入国在留管理庁から裁判所に対し外国人登録原票が交付されるのを待って、交付された外国人登録原票の写しを入手するため、司法協会の出張所に対し記録等閲覧・謄写票を郵送しました。

しばらくして、司法協会から連絡があり、外国人登録原票の写しを受け取りに行きました。

受け取った外国人登録原票の写しから、Bさんの相続人のうち2名の方の死亡が判明し、新たに1名が相続人となることで、訴訟提起当初Cさんを含め10名だった相続人が9名となりました。

Cさんを除く8名の相続人のうち、外国人登録原票から住所が判明した相続人は3名で、この方たちに対し、住所照会書を送付、その回答から新たに2名の相続人の住所が判明しましたが、結局3名の相続人については住所がわからず、公示送達が行われることになりました。

公示送達とは、相手方の住所・居所・その他送達をすべき場所が知れない場合に、裁判所の掲示板に呼出状を張り出し、2週間経過後に、相手方に届いたことにする制度のことです。
通常、相手方に訴状が送達され、相手方が準備書面等を提出せずに口頭弁論期日に出頭しないと、相手方(原告)の主張した事実を全て自白したものとみなし、裁判所は原告の主張を認めることになります。これを擬制自白といいます。公示送達の場合は、この擬制自白は働かず、証拠による立証が必要となります。 本件でも、証拠調べが行われ、無事、原告の主張が認められました。

登記の申請

今回の事案では、①Cさんを申請者(委任者)とする相続登記と、②Aさんを登記権利者、Cさんを登記義務者とする共同申請による年月日時効取得を登記原因とするCさん持分全部移転登記、③Aさんの単独申請による年月日時効取得を登記原因とするCさん以外の共有者全員の持分全部移転登記(連件申請のため、登記の目的はAを除く共有者全員持分移転登記)という3つの登記を申請することになります。

ここで問題は、①の相続登記。相続登記には、被相続人の出生から死亡までの連続する戸籍、相続人の現在戸籍など相続を証する書面、相続人全員の住民票(住所証明情報)が必要となります。

本件の場合は相続を証する書面として、判決理由中に「Bの相続人は別紙相続関係説明図の通り訴外Cと被告らの他にない」が記載された判決書と確定証明書を提出するとして、公示送達された3名の相続人については住民票が存在しないことから、住所証明情報として何を提供すべきかが問題となります。

この点、登記研究246号では「同相続人のうち行方不明の者があって、その者の住民票又は戸籍の附票に住所の記載がない場合は、その者の戸籍の附票に住所の記載のない旨の証明書を添付し、その者の本籍を住所として相続登記を申請することができる」とあることから、韓国戸籍に記載された本籍地が住所となりますが、添付すべき住所の記載のない旨の証明書としては、調査嘱託により入手した外国人登録原票の写ししか存在しません。

そこで裁判所と法務局に相談したところ、外国人登録原票の写しの表紙に原本に相違ない旨の書記官の認証をつけて提出することになりました。

判決確定日に確定証明書をもらい、登記申請をし、無事登記が完了しました。

初めてのケースで戸惑いも多く、訴訟提起から、第1回口頭弁論期日が開かれるまで、7か月の期間を要し、解決までに1年もの時間がかかりましたが、依頼者の方に協力いただき、また裁判所、法務局の方にも多大な助けをかりて、無事解決できたことを嬉しく思います

はる司法書士事務所は韓国籍の方の相続手続きに力を入れています。

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