【訴訟解決事例】通行地役権の設定登記を求めて訴訟を提起

訴訟提起までの経緯

他人所有の土地に囲まれた、いわゆる囲繞地に主たる事務所を置く、法人Aが、前所有者B会社との地役権設定契約に基づき、通行路を開設し、長年、通行をしてきましたが、数年前に通行路がある土地を含むB会社所有の土地がC会社に売却されました。

新たな所有者となったのは、不動産開発業を営むC会社で、開発計画の妨げとなることから、法人Aに対し通行路を他の場所に移設して欲しいとの打診があり、法人A及び当職とC会社との間で再三に渡り話し合いを続けてきましたが、C会社から提案される通行路がスキージャンプ台さながらの急勾配の通行路であるなど実現不能なものだったことから、結局話し合いは決裂。

話し合いでの解決が得られない不穏な現状に、今後、通行が妨げられるなどのリスクを危惧した法人Aと当職はやむを得ず、訴訟を提起することにしました。

事件名は地役権設定登記手続等請求事件。

地役権の訴額は、通行路のある土地(承役地といいます)の価格に1/3。
承役地となる土地の1㎡の単価を算出し、これに通行路の面積を乗じ、1/3を乗じた価額が訴額となります。本件では訴額が1万円に満たなかったため、当職が原告代理人となって簡易裁判所に訴えを提起しました。


訴状作成の留意点

通行地役権設定登記手続等訴訟における訴状においては、何よりも、通行地役権の範囲を特定することが喫緊の課題となります。

本件では、法人Aの主たる事務所は小高い山の頂に位置し、公道から主たる事務所へ向け3筆の土地にまたがり、車での通行路が曲がりくねって開設されていたことから、通行地役権の範囲を特定する作業に骨が折れました。
通行地役権の特定だけでA4用紙1枚半を要しました(後に裁判所からここまで細かく特定しなくても問題はなかったとのこと)。

通行地役権の成立要因としては①設定契約と、②時効取得が考えられますが、本件では主に前所有者との間で取り交わされた通行地役権設定契約に基づき、設定登記を求める主張(主位的主張)を、それが認められなかった場合に備えて、時効取得に基づく設定登記を求める予備的主張を2本柱に主張を展開しました。
なお、あえて囲繞地通行権の主張はしませんでした。囲繞地通行権は民法211条に規定がある通り、その通行権は「最も損害が少ない」範囲で認められるにすぎず、本件のように自動車通行を目的とする通行権が矮小化される危険性があったからです。

設定契約

契約は口頭でも成立しますが、裁判でその成立を争う場合、契約書等の書面の提出が必要となります。
本件では、承役地の前所有者B会社とA法人との間の契約は口頭ベースにとどまり、書面での取り交わしがなかったことから、通行地役権の成立を根拠づける契約の存在は希薄であると言わざるを得ませんが、他方において、既述した通りA法人の主たる事務所は小高い山の頂にあり、その通行路も山の斜面を切り崩して土地を平坦にし,市道からの進入部分と主たる事務所へ接道する入り口部分をコンクリート舗装し,その他の部分については砂利などで補強するなど,その工事は土地の形状に大きな変更を加える大掛かりなものであったことから、通行地所有者側に自動車通行路を設定する意思がなければ、このような大掛かりな開設工事は不可能です。

仮に無断で工事を行えば、土地の所有者側としては工事の中止や通路の撤去を要求することもできたのに、本件ではそのようなことは一度もなかったのですから、設定契約書等書面での取り交わしこそないものの、通行地(承役地)所有者に通行権設定の意思があったことを主張しました。

もっとも、明示の通行権設定の合意があったとして,その合意の性質が問題となります。

約定通行権には,債権的通行権と通行地役権とがありますが,賃貸借ないしは使用貸借契約に基づく通行権(債権的通行権)は,契約当事者間しか主張できないことから、本件で設定された通行権は債権的通行権か、あるいは通行地役権かが、仮に債権的通行権であった場合、本件のような承役地の新所有者に対し、通行権を主張できるかが問題となります。

まず、債権的通行権か、あるいは通行地役権について、判例は,通行の目的,必要性,通行の経過,通路開設の有無などの事情を考慮した上で,当事者間の合意がある場合は,通行地役権の設定があったとみる傾向が強いと言えます。下記に例示すると。

①「XY間において甲地売買に当り,Xの代理人訴外Aと,仲介業者訴外Bが,Yに通路として乙地を通行使用して公道へ出ることを確かめたこと,Yは通路として乙地の存在と,その通行使用を許容し確約した事実が認められる。なるほど契約書自体の文面上は,この点に関し何等の取定めがなされていないが,これはYが乙地通路の存在は,公道同様のもので,永久的なものである,との言明を信頼して,特に通行地役権設定条項が,契約書に記載されなかったに過ぎない事実が認められるところである。即ちXY間において確約された,乙地の通行使用に関する取定めは,民法第六章による地役権に該当し,甲地を要役地として乙地を承役地とする,無償の通行地役権設定契約が,口頭で締結された事実が認められる」(千葉簡判昭和45.7.13日判タ256-239)。

②「Yの先代は,昭和25年3月彼岸頃X所有地の通行を許諾し,同年中には,その範囲も確定されたが,その後昭和35年頃には,Xは,本件土地上にX所有地から土を運んで盛土をし,約3.2メートル幅の道路の形態を整え,このころ購入した軽三輪車で通行し,更に昭和39年3月頃,X宅を新築した際,本件土地上に右建築に使用したコンクリートを使用し,約1.8m幅に舗装し,現況のとおりの通路とした。 そして,Xが昭和25年以来本件土地を通行し始めてからY先代Aの妻が昭和43年1月17日に死亡するまで,Y方その他の者から異議を述べられたこともなく,また,前記のコンクリート舗装の際にも何等の抗議もなく,しかもX及びY先代Aの親類縁者も本件通路を通ってX方に出入りしていた。以上認定によれば,Y先代Aは昭和25年3月の彼岸の日にXが将来Y所有地上を通行することを承諾し,その後Xが右Aの了承のもとに本件土地を確定し,右土地上にX所有地を承役地とする通行地役権を設定したものと認めるのが相当である。」(水戸地判昭54.8.15判タ400-188説明文)

③Xの先代AらとYとの間に,Aらが本件道路を開設して通行利用することの合意が成立している事案について,「他人の土地を通行利用し得る権利の性質が地役権或いは賃借権等の債権の何れであるかは,その設定契約の内容,通行利用の目的及び必要性の程度その他諸般の事情を考慮し,契約当事者の意思を合理的に解釈して決すべきであって,契約当事者が契約条項の文言に「地役権」なる名称を明示していなければ,その契約が地役権を設定したと解し得ないものでないことは当然である。これを本件についてみるに,Aは自己の所有地に建物を建築し,且つこれに居住するについてその敷地と公道との間に自動車の通行し得る道路を確保するためYと前記契約をしたものであること,本件道路の通行利用はAの居住生活上その必要性が継続的で程度も大きいものであること,右契約は,Aらが本件道路を通行利用することの代償として,その費用負担において,YのためY以外の土地に排水設備を設置管理する内容のものであり,従ってYも右排水設備の設置管理によって,自己所有地につき継続して流水防止の利益を得ることとしたものであること,昭和25年当時において未だ人家も存しない本件道路付近の村落地帯の地価が低額であったものと推認されることに照らすと,Aらの右排水設備の設置に要する人夫賃及び資材費等の負担及びこれを将来にわたって管理することの負担とYが本件道路をAらの通行利用に供することの負担とは全く均衡を失っていたものとは考えられないこと,右契約に存続期間の定めがなく文証拠上AらとYとの間に,右通行利用を一定期間に限ることを前提としていたとみられる事跡も認められないこと,ちなみにYは本件道路の開設以来約18年の間異議なくA及びXらが本件道路を通行利用することを容認してきたことなどの諸事実を綜合すると,A及びBとYが前記契約により設定した本件道路の通行利用の権利は,Aの前記所有地を要役地,本件道路を承役地とする通行地役権であると認めるのが相当である。」と判示しています(浦和地判昭55.3.21判タ422-128)。

この他,通行の許諾があったものとみなし,その合意を通行地役権設定契約と解したものに東京地判昭38.6.25,福島地判昭40.1.28などがあり、上記4つの要件(①通行の目的,②必要性,③通行の経過,④通路開設の有無)を本件にあてはめながら、本件道路につき承役地所有者B会社と要役地所有者法人Aとで取り交わされた合意は通行地役権設定契約と解するのが,当事者の意思の合理的な解釈といえると主張しました。

仮に,本件通路の通行権が債権的通行権であったとしても,「通行使用貸借の通路について,その新所有者が,通路の形状や利用状況を知って取得していた場合は,その新所有者が通行使用貸借を否認することは信義則上許されず,通行者は通行使用貸借を尚主張することができる」(東京地判平3.6.28判時1425号89頁)とされていることを付記しました。

時効取得

つぎに予備的請求であるところの通行地役権の時効取得について。

通行地役権を時効取得するためには、要役地の所有者(A法人)が自己のためにする意思(通行地役権に基づく通行をする意思)をもって、平穏(暴力や強迫によらず)かつ公然(隠蔽せずに)に承役地を通行し、通行の開始当時に通行地役権の存在について、善意・無過失の場合には10年間、悪意の場合には20年間、「継続的」に、かつ、外形上認識することができる状態で通行する場合に限り、時効取得が認められています(民法283条、163条、162条)。

すなわち通行地役権の時効取得の場合、民法162条、163条の一般的な要件に加え、民法283条(「地役権は、継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限り、時効によって取得することができる」)により継続かつ表現のものと要件が加重されているのです。

かかる「継続」の要件を満たすには、最高裁判例(昭和28年(オ)第1178号、昭和31年(オ)第311号)により、「要役地の所有者によって承役地となる土地の上に通路が開設されたものであること」が必要だと考えられています。

本件では、通路は、A法人の負担によって開設されたものであり、以後20年以上にわたりA法人が自己のためにする意思をもつて自ら維持管理に努めてきたのであるから、継続の要件は満たしていると言えます。

他方、表現要件、すなわち「外形上認識することができるもの」であること、についても、A法人所有の土地には携帯基地局が設置されているのですが、その設置に際して作成された工事設計書の案内図及び敷地図に、市道からA法人へ至る道路として本件通路が描かれていること等から、本件通路は外形上認識することができるものなので、表現要件も満たしていると言えます。

未登記の通行地役権を譲受人であるC会社に対抗できるか

通行地役権も物権なので、前所有者のB会社から承役地を譲り受けたC会社に、通行地役権を主張するには、原則として通行地役権の設定登記が必要です。

ただ、通行地役権の場合、未登記ではあっても、結果的に現実に通路が開設されているという状態が明認方法的に事実上の対抗力を付与していることになっている事例も多く存し、また要役地所有者の通行地役権と承役地所有者の所有権とは「食うか食われるかの関係」ではなく,両権利は併存可能であること、すなわち,通行地役権が存在することで,負担は存するものの,承役地の所有権が完全に覆されるわけではないので,通行地役権と所有権の対抗関係を考えるにあたっては,所有権と所有権と言う併存不能の対抗関係とは異なる考慮が必要であると考えられています。

この点,平成10年2月13日最高裁判決においても,「通行地役権(通行を目的とする地役権)の承役地が譲渡された場合において,譲渡の時に,右承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置,形状,構造等の物理的状況から客観的に明らかであり,かつ,譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは,譲受人は,通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても,特段の事情のない限り,地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらないと解するのが正当である」とし,通行地役権の対抗問題に関する限り,善意の第三者であったとしても,少なくとも有過失である以上は,「登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者」から除外されることがあることを判示しています。

その理由を下記に付記しておきます。
(1)登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しない者は,民法177条にいう「第三者」(登記をしなければ物権の得喪又は変更を対抗することのできない第三者)に当たるものではなく,当該第三者に,不動産登記法4条又は5条に規定する事由のある場合のほか,登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事由がある場合には,当該第三者は,登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらない。

(2)通行地役権の承役地が譲渡された時に,右承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置,形状,構造等の物理的状況から客観的に明らかであり,かつ,譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは,譲受人は,要役地の所有者が承役地について通行地役権その他の何らかの通行権を有していることを容易に推認することができ,また,要役地の所有者に照会するなどして通行権の有無,内容を容易に調査することができる。したがって,右の譲受人が地役権者に対して地役権設定登記の欠缺を主張することは,通常は信義に反するものというべきである。ただし,例えば,承役地の譲受人が通路としての使用は無権原でされているものと認識しており,かつ,そのように認識するについて地役権者の言動がその原因の一半を成しているといった特段の事情がある場合には,地役権設定登記の欠缺を主張することが信義に反するものということはできない。

(3)したがって,右の譲受人は,特段の事情のない限り,地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらないものというべきである。なお,このように解するのは,右の譲受人がいわゆる背信的悪意者であることを理由とするものではないから,右の譲受人が承役地を譲り受けた時に地役権の設定されていることを知っていたことを要するものではない。

譲受人への通行地役権登記請求の可否

上記から、譲受人であるC会社が地役権設定登記の欠缺を主張しうる正当な利益を有する第三者にはあたらないとしても、法人Aは承役地の譲受人たるC会社に対し、地役権設定登記手続きを請求することは可能でしょうか。

この点、最高裁平成10年12月18日判決は、「通行地役権者、承役地の譲受人、これらの転得者等の各利益を比較衡量したうえ、承役地の譲受人が地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者にあたらない場合、通行地役権者は、右譲受人に対し、右通行権に基づき設定登記手続を請求することができる」と判示しています。

訴訟提起から判決までの道のり

簡易裁判所へ提起した後、指定された第1回期日は、折しもの新型コロナウィルスの蔓延により延期され、第2回期日において裁判官から話し合いの余地を尋ねられるも、相手方弁護士がこれを一蹴したことで、簡易裁判所では判断がつかないとして、地方裁判所へ移送されることが決定しました。

地方裁判所へ移送されるということは、司法書士である私が原告代理人から外れることを意味し、依頼者であるA法人の代表に相談したところ、新たに弁護士に依頼することはせず、私が準備書面等の書類作成業務等で後方からサポート(本人訴訟支援)し、法人Aの代表者が自ら裁判へ出頭することで訴訟を継続することになりました。
もちろん、地方裁判所へ移送された後も、代表者と一緒に裁判所へ赴き、傍聴席で裁判の趨勢を見守りながら、次回までに提出すべき準備書面の論点をまとめていました。

地方裁判所へ移送された直後に、相手方に弁護士がもう一人つき、弁護士2名と、A法人の代表者1人による裁判が進行、当初、裁判官からA法人の代表者に「弁護士はつけませんか?」と尋ねられこそはしたものの、代表者が「つけません」と回答した後は、一度も弁護士をつけるよう促されることもなく、2回の期日が終わった後、移動により裁判官が交代。その後、相手方が和解案を提案してきたことで、和解期日が設けられ、1年近くに及ぶ話し合いが決裂した後、人証調べ(本人尋問)を経て、実に2年にも及ぶ裁判がようやく終結しました。

判決では、私の予想に反し、主位的主張である設定契約が認められ、通行を目的とする地役権設定登記を命ずる判決が言い渡されました。

その後、判決による地役権設定登記も無事完了し、歓喜の咆哮により一件落着となりました。