【韓国特別限定承認の解決事例】被相続人の死後、3年以上経過後に、6億円近くの保証債務があったことが発覚したケース

相談内容

被相続人は生前、会社を経営していましたが、経営悪化により廃業しています。被相続人の死後、会社名義であった自宅などの不動産はすべて競売にかけられていることから、依頼者である被相続人の次男Aさんは、被相続人および被相続人が経営していた会社関係の負債はすべて清算されたと思っていました。
ところが、被相続人の死後3年以上が経過したある日、被相続人とともに会社経営に携わっていたAさんの兄Bさんから、会社に6億円以上の借金が残っていること、被相続人とBさんが連帯保証人になっていること、Bさん宛に債権者から債権譲渡通知が届いたことを知らされました。その後しばらくたってAさんは、当事務所へ相続放棄のご相談にこられました。


問題の所在

相続放棄は、相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から、原則として3ヶ月以内にしなければなりません。この期間を熟慮期間といいます。

熟慮期間を徒過したときは、限定承認と相続放棄という選択権は奪われ、単純承認したもの(つまり相続を承認したもの)とみなされます。

ただし、日本の裁判例では、3ヶ月の熟慮期間を経過した後であっても、負債を知らなかったことにつき相当な理由があると認められる場合には、借金の存在を知った時から熟慮期間がスタートするとされています。

つまり、借金の存在を知らないことにつき相当な理由が認められる場合には、熟慮期間の起算点が「相続の開始を知ったとき」から「相続財産(負債)の存在を認識したとき」にスライドし、そこらか3ヶ月以内であれば相続放棄ができる可能性があることを示唆しています。
実務上も、裁判例に従い、3ヶ月経過後の相続放棄に相当の理由がないと明らかに判断できる場合以外は相続放棄の申述を受理するのが一般的な取扱いとなっています。

とすれば、依頼者Aさんのケースでも、相続放棄が認められる可能性がありそうにも思いますが、被相続人が韓国籍であることから、3ヶ月経過後の相続放棄の可否が問題となります。

被相続人が韓国籍の場合、被相続人が遺言において相続における準拠法を日本法に指定しない限り、韓国法が適用されます。

そして、韓国法では、熟慮期間の起算点について「相続発生の事実と自己が相続人であることを知った日」と厳格に解されているため、日本のように相当な理由があったとしても、熟慮期間の起算点をズラすことは認められていません。
そのため、例え3ヶ月経過後に債務超過である事を知ったとしても相続放棄をすることはできないのです。
しかし、これではAさんのように何の落ち度もなく、負債の存在を知らなかった方に、酷な結果となります。
そこで、韓国法では、3ヶ月経過後の相続放棄を認めない代わりに、特別限定承認制度を置いて、3ヶ月経過後の限定承認を認めています。

韓国民法に定められた特別限定承認制度

韓国民法では、「相続人は、相続開始を知った日から3箇月内に単純承認や限定承認または放棄ができ」(第1019条第1項)、3か月以内に相続放棄又は限定承認をしなかったときは単純承認したものとみなされる(第1026条)。 ただし、上記3か月の期間を過ぎた場合でも、同条第3項で「第1項の規定にかかわらず相続人は、相続債務が相続財産を超過する事実を重大な過失なしに第1項の期間内に知らずに単純承認(第1026条第1号及び第2号の規定によって単純承認したとみなす場合を含む)をした場合にはその事実が分かった日から3月内に限定承認ができる」とされている(特別限定承認制度)


Aさんのケース

Aさんのケースでも、3ヶ月の熟慮期間はとっくに過ぎてしまっているため、特別限定承認制度を利用することになります。

日本の民法では、限定承認は相続人全員で行う必要があるため、限定承認に反対する相続人が一人でもいれば、限定承認を行うことができないのに対し、韓国民法では「相続人が数人あるときは、各相続人はその相続分に応じ、取得すべき財産の限度において、その相続分に応ずる被相続人の債務と遺贈を弁済することを条件に相続を承認することができる」と規定し、相続人が単独で限定承認することを認めています。そのため、韓国法の方が限定承認制度利用のハードルが低いといえます。

ただ、限定承認自体は、日本法であっても韓国法であっても、相続財産の範囲で負債を弁済する手続きである以上、家庭裁判所で限定承認が受理された後は、清算手続きを行う必要があり、相続放棄に比べ、どうしても手続きが煩雑になります。

Aさんのケースでは、被相続人所有の不動産はすでに競売にかけられており、預貯金などのプラスの財産はなかったことから、清算手続きは不要のようにも思えましたが、韓国法に規定される特別限定承認は、限定承認の規定を準拠するものであったため、形式的にはなるものの清算手続きを行う必要がありました。


特別限定承認の手続きの流れ

1.財産の調査
負債金額を正確に把握するために、債権を譲り受けた債権回収会社へ債権調査票の提出を求めるとともに、負債が他にないかを確認するため、3社(JICC,CIC,JBA)から信用情報を取得。信用情報には何も記載されておらず、Aさんからの聞き取りで個人からの借入もなかったことから、負債の総額は保証債務の6億円強となります。
一方、資産については、被相続人が生前、居住していた土地・建物の所有権の登記名義人はすべて会社であり、名寄明細表兼課税台帳の取り寄せをしたところ被相続人名義の不動産は存在しないとの回答を得ました。
また、被相続人名義の預貯金もないと、長男Bさんが強く主張したため、Aさんは被相続人の相続に際して、一切の資産も相続しておらず、遺産分割協議も行っていません。

2.家庭裁判所へ特別限定承認の申述書の提出
家庭裁判所へ限定承認の申述に際し、①3ヶ月の熟慮期間経過後に負債が発覚した経緯、②被相続人が韓国籍であること、③プラスの財産はないが、韓国法では熟慮期間徒過後の相続放棄は認められていないこと、④その代替措置として特別限定承認制度が置かれていること、⑤特別限定承認では、各相続人が独自に利用できること、⑥申述人Aさんは、韓国法の特別限定承認制度を利用して限定承認の申述を行っていること、などを、条文を織り交ぜながら詳細に記述していきました。

添付書類は、①被相続人の出生〜2008年までの除籍謄本、基本証明書、家族関係証明書、②住民票の除票、③死亡届の写し(韓国戸籍に死亡の記載がなかったため)、④申述人は帰化されているため、帰化の記載のある除籍〜現在戸籍、⑤被相続人名義の不動産が存在しないことを証する名寄せ帳、競売により所有権が移転していることを示す不動産登記簿、⑥債権者から申述人の兄Bさんに届いた債権譲渡通知書のコピー などです。

3.家庭裁判所での審理
提出先の家庭裁判所では、これまで特別限定承認を扱ったことがなく、また本庁でも取り扱いがなかったため、照会書が申述人に発送されるまでにかなりの時間を要しました。

照会書では、①債務超過の事実を知った日、②債務超過の事実を知った経緯、③限定承認申述はご自身の意思に基づくものか、④限定承認申述をする理由、⑤限定承認受理後に、債権者への公告等の手続きを誠実に行うことができるか、が問われ、申述書の内容と矛盾しないよう回答書を作成しました。

4.起算点の証明
今回のケースではBさん宛に債権譲渡通知が届いたのが5月9日、AさんがBさんから被相続人に6億以上もの保証債務があることを知らされたのが6月25日と1ヶ月半程度のズレがあり、債権譲渡通知書の日付を起算点とすれば、申述書の到着日は3ヶ月と1日経過後になってしまうため、Aさんが債務超過であることを知らされた日を証明することが要求されました。

AさんがBさんから被相続人に連帯保証債務があったことを知らされたのは電話でしたが、幸いにも、Aさんはその直後に、Bさんに対し、債権者から届いた債権譲渡通知書の写メを送るようLINEで要求していたこと、通知書が到着してからなぜ、すぐに知らせなかったのか、そもそも一緒に連帯保証人になっている以上、被相続人の死後、連帯保証債務が残っていることを知っていながら、いままで黙っていたのか、などBさんを詰問する内容のLINEのやりとりも残されていたことから、日付がわかる部分を入れてスクリーンショットをとってもらうとともに、偽造でないことを証するため、別の携帯でLINEのやり取りを映し出した携帯そのものを写真でとってもらい、LINEのやり取りを捕捉する上申書を作成し、これを証拠として提出しました。

その後、証拠が認められ、限定承認の申述が受理されました。

5.官報公告と知れたる債権者への催告
今回のケースではプラス財産は全く存在しないため、清算手続きを行うことはできませんが、特別限定承認も限定承認であることに変わりはなく、限定承認の規定が準用されることから、官報公告と知れたる債権者への催告を省略することはできません。

日本法と同様、韓国法においても、官報公告および知れたる債権者への催告は、受理後5日以内に行う必要があるとされています。

しかし、実際、官報公告は、申込みから掲載まで1週間程度日数を要するため、5日以内に官報公告を行うことは不可能です。また受理された日にち、などを記載する必要もあることから、受理前に官報公告の掲載依頼をすることもできません。そのため、家庭裁判所においても法律上は「5日以内」という縛りはあるもの、5日を超えてしまうのはやむを得ず、出来る限り早く行うようにとのことでした。家庭裁判所には予め、受理され次第、電話連絡をもらえるよう依頼していたので、受理の連絡後すぐに官報公告の掲載を申込みました。とともに、知れたる債権者である債権回収会社へ催告書を送りました。

6 知れたる債権者へ事情説明
催告書には2ヶ月以内に請求の申出をする旨を記載しましたが、今回のケースでは請求を申出られても、配当できる資産がないことから、知れたる債権者である債権回収会社には、資産が全くないこと、限定承認という手続きをとってはいるが、これは韓国法における3ヶ月経過後の相続放棄に代わる「特別限定承認制度」を利用したものであることを付記しました。なお、催告書は、配達証明付の内容証明郵便で送るのが通例です。その後、債権回収会社から債権申出書が届いたので、電話で再度、資産がない旨、特別限定承認制度の利用であることを伝えたところ、債権回収会社からは、請求はしないが、連帯保証債務を相続した他の相続人の相続について相続放棄の手続きをとらない場合には、請求が行く可能性があるとの回答を得ました。

Aさんには債権回収会社からの回答を伝えて、本件は終了となりました。その後、被相続人の配偶者(Aさんのお母さん)がお亡くなりになられたので、相続放棄の手続きをさせていただきました。

はる司法書士事務所は韓国籍の方の相続手続きに力を入れています。

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