民法改正で配偶者の保護が厚くなるって本当?

現行法では、自宅の所有者であった配偶者が死亡した場合、残された配偶者が引き続き住み慣れた自宅に居住することを望んでも、当然には認められていません。
また配偶者の一方が他方の配偶者に自宅を遺贈又は贈与した場合であっても、その遺贈や贈与は相続分の前渡し(特別受益)とされ、相続財産に戻したうえで各相続人の相続分が算定されることになります。
そのため、自宅以外に財産が残されていないケースでは、遺産分割の過程で自宅が処分され、配偶者が住居を失うことも少なくはなく、住居を取得できたとしても、他の相続人に代償金を支払ったり、他の財産を相続できなかったりで、今後の生活資金に困窮するといった不都合が生じがちです。

そこで、相続法の改正では、残された配偶者の生活保護の観点から配偶者を優遇する措置がとられます。
具体的には、最低でも相続開始から6か月間は配偶者の居住権を確保する「配偶者短期居住権」と、残された配偶者が亡くなるまでの間の居住権を保障する「配偶者居住権」という長短2つの配偶者居住権が創設されます。
また、婚姻期間が20年以上の夫婦間で行われた居住不動産(建物又は敷地)の遺贈や贈与については、相続財産に持ち戻す必要がないことが新たに規定されることになります。持ち戻しが免除されれば生存配偶者は自宅以外の財産を取得することも可能となることから、実質的に配偶者の相続分が増えることになります。

配偶者の居住権の保護

配偶者の居住権を保護する措置として、①短期的な居住権(配偶者短期居住権)と、②長期的な居住権(配偶者居住権)が新設されます。

①短期的な居住権の保護

配偶者が、相続開始の時に被相続人所有の建物に無償で居住していた場合には、①遺産分割により当該建物の帰属が確定するまでの間,または②相続開始時から6か月が経過する日までのいずれか遅い日まで、引き続きその建物を無償で使用する権利(短期共住権)を取得するというもの。短期居住権の取得によって得た利益(例えば、相続開始から遺産分割までの間の賃料相当分)は,配偶者が遺産分割において取得すべき財産の額(具体的相続分額)に算入されません。つまり、 短期居住権の取得によって利益を得たからといって、遺産分割において取得すべき配偶者の財産から賃料相当分を差し引くなどして、減らしてはならないとされています。
また遺贈などにより配偶者以外が当該建物を承継した場合であっても、建物所有者が短期居住権の消滅の申し入れをしてから6か月が経過する日までの間は、配偶者は、無償でその建物を使用することができます。
このように短期居住権は、残された配偶者が相続開始により即座に住み慣れた住居を失うという弊害を避け、最低でも6か月間は無償で居住できる権利を確保することで、新たな住居を探し出すための時間的、精神的ゆとりを与えるための制度なのです。


②長期的な居住権(配偶者居住権)の保護

配偶者が相続開始の時に居住していた被相続人所有の建物について、遺産分割等の結果、配偶者以外の相続人が所有権を取得した場合は、配偶者に原則として終身(遺産分割等でそれよりも短い期間をさだめることもできる)、建物に住むことを認める権利(配偶者居住権)が新設されます。


配偶者居住権が成立するには、①配偶者に長期居住権を取得させる遺産分割協議が成立した、②被相続人と生存配偶者との間に、あらかじめ、被相続人死亡後に生存配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の死因贈与契約が存在する、③生存配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺言がある、のいずれかを満たすことが必要です。

短期居住権が、相続の開始により当然に発生する権利であるのに対し、配偶者居住権は遺言や死因贈与契約であらかじめ定めておくか、遺産分割により取得が認められる権利なのです。

現行法では、配偶者が住み慣れた家に引き続き居住するには、①遺産分割で配偶者が家の所有権を取得するか、②家の所有権を取得した者と、賃貸借契約を締結かといった選択肢しかありませんでした。住み慣れた家の所有権を取得したとしても、家以外にこれといった遺産がない場合等には、他の相続人への代償金の支払いや、相続後の生活資金に困窮するケースも少なくなく、また賃貸借契約を締結するにしても、所有者が承諾しなければ、住み慣れた家に居住することもできなくなります。
この点、居住権も財産的価値のある権利であるため、配偶者居住権を取得すればその財産的価値に相当する金額を相続したものとされますが、所有権そのものを相続する場合に比べて評価額が下がるので、居住建物以外の財産を多く取得することができます。つまり配偶者居住権は生存配偶者の生活不安を取り除き、生活資金に困窮することなく安心して暮らしていけるよう配偶者の相続分を十実的に増やすための制度なのです。

遺産分割における配偶者の保護

配偶者の居住権の創設だけでなく、親族法の改正では、婚姻期間20年以上の夫婦間における居住不動産の遺贈又は贈与については「持ち戻し免除の意思表示」の推定規定がおかれます。

具体例で見ていきましょう。
夫が亡くなり妻Aと子どもBが相続人となるケースで、自宅(評価額1000万円)を妻へ遺贈したほか、相続財産としては預貯金500万円があった場合を考えてみましょう。
現行法では、被相続人から相続人への遺贈又は贈与は相続分の前渡し(「特別受益」)として相続財産にいったん戻してから各相続人の具体的な相続分を計算することになります(これを「特別受益の持ち戻し計算」といいます)。

例題でも、相続財産の総額は、自宅の評価額1000万円+預貯金500万円=1500万円となり、この1500万円を法定相続分に応じて分配すると、
妻:1500万円×1/2=750万円  子:1500万円×1/2=750万円となり、妻は既に自宅を遺贈されているので、預貯金を1円も相続することはできません。
これに対し、改正法では、婚姻期間20年以上の夫婦間の居住不動産の遺贈・贈与は持ち戻し免除の意思表示が推定されることになるので、例題でも妻Aは被相続人から遺贈された自宅の評価額を相続財産に一旦も戻して相続分を計算する必要がなくなります。

例題で言えば、相続財産の総額は預貯金の500万円だけとなり、これを妻Aと子Bが1/2づつ相続することになります。
その結果、妻Aは自宅だけでなく、預貯金250万円も相続することができるので生活資金を多少なりとも確保できることになります。
このように、持ち戻し免除の推定規定を置くことにより、改正前に比べ、実質的に配偶者の相続分が増加することになります。