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韓国籍の相続登記の解決事例

40年近く行方不明の相続人がいたケース

相談内容

韓国国籍の父親が亡くなり、10年以上放置していた父親名義の不動産の相続登記をしたいとの依頼を受けました。


相続人の調査

今回のケースでは、母親は既に他界しており、子どもが相続人となりますが、子どもの中にも、被相続人の死後、他界されている方がおり、数次相続が発生しています。そのため、相続人が誰になるのか、相続人の調査が最優先事項となります。

相続人の調査は、被相続人の出生から死亡までの戸籍を収集することで行うことができますが、韓国籍の方の場合、出生申告や婚姻申告、死亡申告を韓国側にしていないことも少なくはなく、韓国の戸籍だけでは、誰が相続人なのかを正確に把握できないことがあります。

今回のケースでも、韓国戸籍には被相続人の死亡の記載がなかったため、死亡届の写しを取得し、これを死亡の事実を証する書面として添付する必要があります。
また、相続登記では、被相続人の住民票の除票が要求されますが、これは登記簿上の所有者と戸籍上の被相続人が同一人物であることを証明する必要があるためです。
韓国籍の方でも住民票の除票を取得することはできますが、それは外国人登録制度が廃止され、住民基本台帳制度の対象に含まれるようになった平成24年(2012年)7月9日以降に死亡した場合で、今回のケースでは被相続人が亡くなったのは平成18年であったため、そもそも住民票自体が存在しません。

そこで、閉鎖外国人登録原票を取得し、これを住民票の除票に代える必要がありました。

取寄せた外国人登録原票を見ると、最後の住所地と登記簿上の住所は一致しており、所有者と被相続人の同一性を証明することができます。
ただ、世帯構成者の欄に、戸籍に記載されていない被相続人の子どもAさんの名前があったことから、確認が必要となりました。

依頼人にAさんのことを確認したところ、Aさんは被相続人の5男で、依頼人の弟であることに間違いはなく、韓国戸籍(除籍)にAさんの記載がないのは、出生申告をしていないため。ただし、1960年に、戦後開始された「北朝鮮帰国事業」のもと北朝鮮へ渡航し、しばらくは金銭的援助をしていたが、Aさんへの援助が生活をひっ迫するようになったことから送金を打ち切らざるを得なくなった1982年以降は、音信が途絶えているとのことでした。

1978年に一度Aさんのもとを訪ねた被相続人から、Aさんは、結婚はしておらず一人で暮らしていたこと、北朝鮮での生活は困窮しており栄養失調でやせ細り、病気で床に伏せがちだったことなどを聞かされていたこともあり、音信が途絶えてからは家族全員がAさんは亡くなったものと思っていたそうです。

音信が途絶えて40年近くがたち、現在、生きていれば74歳となるAさん。
日本であれば十分生存の可能性はありますが、Aさんが暮らしていたのは北朝鮮です。
Aさんと同じく帰国事業で北朝鮮へ渡り、その後日本へ戻ってきた脱北者の一人は「日本からの仕送りがなかったら(中略)おそらく飢え死にしていたことでしょう」と北朝鮮での生活がいかに過酷であったかを証言しています。
Aさんも家族からの送金があったうちは、病に伏せがちであっても、手紙によってその生存を確認することができましたが、送金が途絶えた1983年以降は、全く音信がありません。
また、北朝鮮の男性の平均寿命は68歳とされていることからも、Aさんの生存の可能性は極めて低いと思われます。ただ、いかに生存の可能性が低いといえ、被相続人の子として記載された書類がある以上、これを看過して手続きを進めていくことはできません。

そこで、依頼者に事情を説明し、失踪宣告を申立てることにしました。

失踪宣告の申立て
失踪宣告とは、生死不明の方に対して、法律上死亡したものとみなす効果を生じさせる制度のことです。
普通失踪と、戦争や船舶の沈没、震災など特別の危難に会った場合の特別失踪の2種類があり、今回のケースは普通失踪に該当します。

普通失踪は生死不明の状態が7年間継続していることが要件とされ、失踪宣告がなされると生死不明となった時点から7年間の期間満了を待って死亡したものとみなされます。

今回のケースでも、Aさんの失踪宣告がなされると、生死不明となった1982年から7年後の1989年にAさんの死亡が擬制されますので、Aさんには代襲相続人となる配偶者(韓国民法では配偶者も代襲相続人となります)・子どもはいないので、Aさんを除く相続人で遺産分割協議を行うことが可能となります。

失踪宣告の手続きの流れは以下の通りです。

1.家庭裁判所へ提出する書類の作成
失踪宣告の申立てには、①申立書のほか、②不在者の戸籍謄本、③不在者の戸籍附票、④失踪を証する資料、⑥申立人の利害関係を証する資料が必要とされています。

今回のケースの場合、Aさんに戸籍はなく、申立人はAさんの兄ですが、Aさんと申立人が兄弟であること、及び被相続人とAさんが親子であることを証明する資料としては被相続人の閉鎖外国人登録原票しか残されていません。
また、失踪を証する資料ですが、一般的には家出人届出受理証明書や宛所不明で戻ってきた不在者宛ての手紙などが考えられますが、Aさんは家出をしたわけではありませんので家出人届出受理証明書といった類の資料はなく、手紙などはすべて紛失してしまっていたため、申立人を始めとする親族の証言しかありません。
そのため、出来る限り詳細に申立書を作成する必要がありました。

申立書には、失踪の経緯として①不在者は1960年、15歳の時に、叔父家族とともに、「北朝鮮帰国事業」のもと新潟港から北朝鮮へ向け出港したこと、②北朝鮮に渡った直後に、不在者からの手紙により叔父が病気で亡くなったことを知ったこと、③不在者自身は1960年~1974年頃まで、北朝鮮で順調に生活をしていたが1974年頃から、頻繁に金銭援助を訴える手紙が被相続人の元に届くようになったこと、④手紙から不在者の窮状を読み取った被相続人が、毎年30万円単位で送金をしたり、1970年後半頃からは、日本から北朝鮮へ親族を訪問することができたので、親族に会いに行く近所の人たちにお金を託して、不在者に届けてもらっていたこと、⑤被相続人自身も、1978年頃に一度、不在者に会いに北朝鮮に行っていること、⑥帰国した被相続人の話から、不在者は、当時結婚はしておらず一人で生活をしていたこと、栄養失調でやせ細り、病気で床に伏せがちだったこと、⑦その後も援助を求める不在者からの手紙は途絶えることはなかったが、度重なる援助で被相続人の生活も困窮していったこと、⑧被相続人からの送金が途切れると、今度は申立人を始めとする兄弟に援助を求める手紙が届くようになったこと、⑨兄弟たちは、生活を切り詰め、不在者へ送金を続けたが、それも次第に少額になり、ついに1982年頃には、不在者への援助を打ち切らざるをえなくなったこと、⑩北朝鮮へ出港してから22年、年に複数回届いた不在者からの手紙は1982年頃には一切届かなくなり、いつしか家族全員が不在者は死んでしまったと思うようになったことなどを、時系列に沿って詳細に記述しました。

また、2018年には不在者と同じ帰国事業によって北朝鮮へ渡航後、日本への脱北を果たした5名の方が「北朝鮮帰国事業は人権侵害」として北朝鮮政府を相手に損害賠償請求訴訟を提起しており、それぞれの陳述書が公開されていたことから、これらの陳述書の一部を引用しながら、北朝鮮での生活でいかに凄惨で、過酷なものであったかを示すとともに、日本からの援助が断たれた状況下で、病気がちな不在者が生命を維持することの困難さを記載しました。

さらに、世界保健機関(WHO)が公表している世界保健統計における北朝鮮の男性の平均寿命を参照し、過酷な幾多もの条件をクリアして不在者が平均寿命を超えて生存している可能性の低さを示唆しました。

申立書には申立の理由を記載する欄が設けられていることから、最後に、被相続人所有の不動産について相続登記をする必要性と、不在者の失踪宣告がなされない限り、遺産分割協議が行えない旨を記載しました。

失踪宣告は、不在者の従来の住所地または居所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行うとされています。
今回のケースでは、不在者の最後の住所地の家庭裁判所が管轄になりますが、最後の住所地を示す書類は、先の閉鎖外国人登録原票しかなく、1960年当時、不在者は被相続人と同居していましたので、閉鎖外国人登録原票に記載された1960年頃の住所が、不在者の最後の住所地となります。
そして、この最後の住所地は、その後住居表示の実施により変更されていますが、被相続人所有の不動産の所在地と同じであり、当該不動産には、被相続人の死後も申立人が居住していることから、1982年以降に不在者から便りがあれば、必ず被相続人もしくは申立人の手元に届くはずであるにもかかわらず、一切手紙など届いていないことからも、不在者の生存の可能性が低いことを示しているといえます。

2.家庭裁判所へ失踪宣告の申立・審尋・官報公告
必要書類を揃えて、不在者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所へ失踪の宣告を申立てました。

申立てから2ヶ月程度経過後に、申立人宛に、審尋を行う旨の通知があり、指定された日時に申立人に家庭裁判所へ出向いてもらい、書記官から、失踪の経緯等の質問を受けました。

その後、不在者と交流のあった不在者の姉、被相続人から不在者の失踪の経緯を聞いたことのある申立人の子のもとに,照会書が送られてきました。照会書は、不在者と40年近く音信不通であることを確認する内容でした。
照会書に回答後、家庭裁判所へ返送した後、1ヶ月半程度経過後、不在者に生存の届け出をすべき旨の家庭裁判所による公告が官報に掲載されました。
この官報公告の期間は3ヶ月以上とされています。

3.公告期間満了後の失踪宣告
公告期間が満了後、家庭裁判所で失踪宣告がなされ、その審判書が申立人の下に送られてきました。

なお、失踪宣告の審判がなされれば、審判が確定してから10日以内に,市区町村役場に失踪の届出をしなければならないとされていますが、今回のケースでは不在者であるAさんに戸籍はなかったため、失踪の届出はできませんでした。

相続登記の手続き
失踪宣告ですが、申立を行ったのが2019年4月で、家庭裁判所から失踪宣告の審判書が届いたのが2019年12月と、手続き終了までに8か月以上の期間を要しました。その間、相続人の調査も並行して行っていました。

今回のケースでは、被相続人の妻は、被相続人よりも先に亡くなられており、被相続人には7人のお子さんがいましたが、そのうちお二人は、若くして亡くなられており、お一人は、先の不在者、残る4人のお子さんのうち、お二人が被相続人の死後に、亡くなられていました。

若くして亡くなられた方には子はなく、戸籍に死亡の事実が記載されています。

問題は、被相続人の死後に亡くなられたお二人のお子さん(BさんとCさん)については、いずれも戸籍に死亡の記載がないことです。
またBさんは、Dさんと再婚しており、最初の結婚でお子さんが一人いますが、戸籍には、最初の婚姻と離婚、お子さんの記載はありますが、Dさんとの再婚の記載はありません。
一方、Cさんは日本籍の男性と婚姻(その後離婚)し2人のお子さんがいますが、戸籍には一人のお子さんの名前しか記載されていません。

そのため、Bさんに関しては、死亡届の写しと、再婚の際の婚姻届けの写しを、Cさんに関しては死亡届の写しを取得しました。
またCさんの韓国戸籍に記載されていない一人のお子さんについては、日本籍であったことから、日本の戸籍の母親欄に記載されたCさんと、韓国戸籍のCさんが同一人物であり、間違いなくCさんの子どもである旨の上申書を作成、その上申書には、DさんはBさんの配偶者であることに相違ないこと、および戸籍には登場しない不在者Aさんについても、被相続人の子であり、先般失踪宣告を受けたこと、私たち以外に相続人はいないことを併せて記載し、相続人全員に署名押印をしてもらいました。

必要書類と上申書を添付して、相続登記を申請、無事、相続登記が完了し、手続きは終了しました。


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